約17年前に発売された「Binary Hacks」の名前を冠する続編本。一般的に「低レイヤー」と呼ばれることの多い、コンピュータソフトウェアの中でも特にOSやCPUに近い部分の技術を、章ごとに1つずつ紹介するという内容になっている。
「Binary Hacks」はそれなりに反響のあった本だったため、その名前を冠するだけで、それ相応に注目を集めることになる。本を読んだ限りでは、名前に恥じることのない程度には濃い内容に仕上がっている。まぁ逆に、こんな内容の濃い本を好き好んで読もうと思うような人がいったいどれだけいるのかというあたりにも疑問を持つ。20年ほど前と比べると、今やこの日本でこういった内容のソフトウェア技術を必要とする仕事やらは本当に減ってしまったなというのが個人的な印象だ。
低レイヤーは技術の進化が早いわけではないとはいえ、20年近くも時代が進むとそれ相応に変わっていくわけで、その内容を雑多的に情報として知れるというのは実際のとこ個人的には非常にありがたい。書籍として出版されることが減ってきているという時代に、しかも需要がどんどん減ってる日本語での技術情報提供でというあたり、儲かりもしないのにこれだけのレベルでまとめ上げてくれた各位には本当に感謝したい。
著者らは「*年後にさらにこの本の続編が出ることを期待して」のような記載を残している。これこそ、こういう領域に熱意を持って力を注ぎこむような人が今後も続くのかどうか、もっと言えば、こんな領域のソフトウェア技術開発を未来の時代に行っているほど日本(なのか日本語なのか)がグローバルに競争力を維持できているのかどうか、という話なのかなと思う。
前作と比べるとページ数が約1.5倍になっている。改めて前作を斜め読みするに、あまり細かく丁寧に説明するような文章にはなっていなくて、それに対し本作は文章をかなり丁寧に書いている事が多いので、その分がページ数の差なのかなと感じた。600ページ超えとなるともはや大型本よね。「サクッと読む」には少々重いというのが若干残念なところか。
というわけで、低レイヤー技術を対象に日本語で書かれた非常にレアな本で、その領域に片足を突っ込んでる人は迷わず買っておけというところ。逆に、低レイヤーに興味がない人には全くささらないと思う。
下記は本の内容で気になったところをメモがてらに。
HACK#6 共有ライブラリの検索の実例
P39「AT_SECUREタグを持つエントリが含まれていた場合」
今まではsuなどのときにLD_LIBRARY_PATHが無効になる条件がわからなかったけど、補助ベクトルが効いていることを知れてよかった。
過去の記事のどこかに「わからない」と自分で書いた記憶があるんだけど、探しても見つからなかったので、訂正ができない。。
HACK#10 TLSのしくみを理解する
P58「TLSアクセスモデル」
gdbでattachしている最中にThread Local Storageな変数へアクセスする方法がいつもわからずに苦労していた。このあたりの記載を頼りに調査すれば、今どきのgdbからのアクセス方法を確立できそう。
HACK#17 LIEFを使ってELFバイナリを書き換える
P92あたり
まさに最近はシンボルの書き換えがクソめんどいから、こういう専用のツールがあることを知れてよかった。ただPython製というのはどうなんだろ。特にクロス環境にて、いずれにしてもlibelfに依存することを考えれば、Pythonに追加対応させるためのツール整備も最近なら大した事ない?
HACK#38 cgroupでプロセスのリソースを管理する
P248 「IOCOST」
I/O Schedulerで制御することしか知らなかった私からすると、こんな他の手段もあるんだなぁと知れてよかった。けど、本書での紹介っぷりからすると、必ずしも思い通りにI/O量を制御できるわけではなさげ?I/O Schedulerでも制御が難しいし、やっぱりI/O制御は難しいという話なのか?
HACK#43 /proc/PID/rootからコンテナ内のファイルに直接アクセスする
docker内のファイルへ外から簡単にアクセスする方法、ずっとこれのやり方が知りたかった。わからなかったので、わざわざdocker cp使って毎回中から外へ大量のコピーをしてしまっていた。
HACK#49 ftraceを使ってカーネル内で起こっていることをトレースする
P341あたり、
KernelShark trace-cmd、あたりは過去に使ってみたことはあるんだけど、これ、目的を定めて使わないと逆に迷走するなと感じた。GUIで可視化すると一部のエライ幹部に受けが良くて、かえって性能改善活動のジャマになって(以下略
セキュリティの大章は全般的にツールを使った力技的な話が多くて「HACKしている」感があまりしないと感じた。数値表現の大章はいわゆる数値計算の分野だというイメージが強くて「まぁ知らなくてもいいかな」と読み飛ばし気味になってしまった。